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ガーデニングとペットの日記 チャイクレ・フラットR


by mona110624
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沿岸部

私が単身赴任?で南相馬市・相馬市・双葉郡で働いていた頃にお世話になった方から
数年振りに年賀状が届きました。
(私が22歳の頃にあと数年で定年退職と言っていたので....)
「○○ちゃん、元気ですか。風の便りで大きくなられたと・・
 笑い話を手土産に来て下さい」と書かれていました。
そのかたは去年の4月に警戒区域解除になった地域の人です。
11日に行ってもいいか確認をしたところ「11日は月命日なので...」
そぅだった。
私はここ数ヶ月、11日が「特別な日」ではなくなっていました。
考えないようにしようとしていたし「楽しみ」が増えたので正直忘れていました。

そんな流で(どんな流?)昨日、お茶飲みに行って来ました。
(ついでに母は相馬市の親戚宅に行くことにして途中までは一緒に行動)
ウチから浜方面に行くには飯館村を通って行きます。
飯館村に入るとすぐに牧場があります。短足馬さんがいっぱい。
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しばらく進むと田んぼの景色。
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冬の田んぼは色がなく寂しげなものですが
こちらの田んぼは 休んだまま・・
ここを通る時って緑輝く若い稲、台風や強風の後は大丈夫だった♪と安堵し
秋には黄金に頭を垂れる稲穂・・
視界も良く美しい景色が一面に広がっていたのに。

飯館村は年末に希望すれば宿泊することができました。
道沿いから見えるお墓には花が手向けられてありました。
きっと年末に戻れたときにご先祖様に挨拶をしたのですね。

飯館村から原町市内へ。
以前よりは人が戻っていました。

原町市を抜け国道6号線へ。
20㌔進入禁止ラインから先へ(原発・双葉町方向)行くのは初めてです。
小高区。 待ち合わせ場所付近の信号機↓
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確か去年の4月に警戒区域解除になった場所なのですが
住んでいる様子はありません。
地震の被害で倒れ掛かっていた古い建物は取り壊されてたました。
(以前はよく報道されていたメインの通りの建物は撤去、裏通りの建物はそのまま)
インフラの整備がなにもされていないのに解除になったために戻る住民が少ないそぅです。
確かに 道路はデコボコなままです。
住居も店舗も傷んでいました。
静かな町でした。
↓使われない線路
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↓小高の駅にある駐輪場には整理整頓された自転車。
きっと一時戻った町内の皆さんか自衛隊等のみなさんが並べたのかな。
持ち主に乗ってもらえる日はいつになるのだろう。土ぼこりがたまっていました。
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↑3/11の前の週末に買いに行ったばかりのお菓子店。菓詩工房わたなべ
↓手書きのボードとその下に置かれた応援メッセージ。
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家に招待されましたが 本当に手付かずのまま。
寒さに強い私でも寒いっっ
「車の中って以外とあったかいんだよねー セコイから1人で居る時は車で本を
読んだりすることあるんだよ」と言ってちょっと寒いので車内でオシャベリ。
家に招待されたのに車に移動した私って失礼だったかしら・・ちょい反省。
自販機に電気も通っていないぞっ これが解除して8ヶ月??
停車した車内で話すより町内をドライブしながらお話をしようと出かけました。
町内を見て回ったのは4回目だそぅです。
2人で笑う予定が泣く泣く。
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例えば↑国道6号線です。
コンテナがそのまんま。
田んぼには流されたものが小さく山積みに。
消防車・農機具・車・生活用品 まとめられているだけ。
知り合いの海沿いに住んでいたお宅付近まで行ってみると何も無し・・
「福浦小学校」と書かれた黄色いタンク(たぶん校舎の屋根にあったタンク)が
水が引いた田んぼの片隅に置かれてあった。
だけどこの場所は福浦小学校から数㌔離れた場所のはず。
そんな景色ばかりを見ながらのドライブ。

暖かくなったらまたお茶飲みに行きます!

次に向かったのは相馬市。
お昼になったので漁港の食堂や旅館でやっている「復興丼」を食べました。
海鮮ものの復興丼ですが地元の漁港に上がった魚ではありません。
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相馬港にある相馬・松川浦大橋 まだ通行できません。
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漁港は工事のトラックでいっぱい。
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↑工事現場見守り隊のイルカ君、真っ黒になるくらいトラックが往来しているかな?
相馬港は市場も住居も何もなく・・
直属の上司のお宅も流されました。
上司の無事を知った時には大泣きしてすぐに避難先に向かいました。

相馬から福島と宮城の県境・新地町へ。
ゴールデンボンバーズとめざましテレビの企画・コットンプロジェクトの田んぼ跡を見ました。
こちら↓今朝のめざましテレビ。 コットンプロジェクトが放送されました~(驚)
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コットンが塩を除去してくれるそぅです。
今年の秋には米が収穫できるかな♪
新地町は放射能濃度がとっても低い。
原発に近い小高も低かった。ウチよりぜんぜん低い。

新地町の沿岸。
ここにも働いていたころにお世話になった方のお宅がありました。
流されたものは片付けられていた様子だったので海岸近くまで行ってみました。
日の丸が掲げられていました。
『1人の1000歩より1000人の一歩』蘇生・福島はつえーんだぞい!!
と書かれた国旗のまわりには力強いメッセージがたくさん書かれていました。
近くには悔しい思いのメッセージも。
見て欲しい。写真を撮るか・・
だけどここでも尊い命が奪われた土地。
撮影はしませんでした。
もし新地町に立ち寄ることがありましたら 読んで下さい。

新地まで来たのでこのまま6号を仙台方面に進みました。
山元町と亘理町。
亘理町には震災直後に家の片付け・補修を以来されたので父と一緒に
何度か行っていました。
ココまでは津波が来ないだろうとの判断で町からの防災連絡が届かなく
家に居たために亡くなられた方がいる団地。
片付けをしたお宅のご主人が首までアッと言う間に水が来て(室内)溺れながらも
二階にどぅにか昇ることができた話を聞いていました。
隣の平屋に住んでいた老夫婦は間に合わなかったそうです。
久し振りに家主さんに会いました。
元気そぅでなにより。


また11日が来ますね。
by mona110624 | 2013-01-09 09:49 | その後の・・・